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広島高等裁判所 昭和52年(う)101号 判決 1977年12月13日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平川実、同打田等連名作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意書補充書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、広島高等検察庁検察官検事稲垣久一郎作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一の一(法令適用の誤りの主張)について。

所論は、原判示第一の二、第二の二の各事実について、覚せい剤は禁制品であるから、これを輸入する際所持品が覚せい剤である旨携帯品申告書に記載して税関長の許可を受けさせることは、自己の犯罪行為発覚の端緒となる事実の供述を強要することになり、自己に不利益な供述を強要されないとした憲法第三八条第一項の規定に違反するから、関税法違反の罪は成立しない。それにもかかわらず、これを有罪とした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるというにある。

よつて検討するに、関税法は、関税収入の確保及び貨物の輸出入について関税手続の適正な処理を図ることを目的とするものであり、その規制手段として、貨物を輸出し、又は輸入しようとする者は、政令の定めるところにより、当該貨物の品名並びに数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し、貨物について必要な検査を経て、その許可を受けなければならないとしている。なるほど輸入した覚せい剤を携帯品申告書に記載して税関長の許可を受けることが、覚せい剤輸入罪の捜査の端緒となる可能性は否定し得ないが、貨物を輸入する際の税関長に対する輸入許可申請義務の範囲は、輸入貨物の税関通過について必要な事項に限られ、右の申請じたいも前示のとおり関税収入の確保と関税手続の適正な処理を目的とするものであつて、覚せい剤輸入等の犯罪について、その刑事責任の追及を目的とするものではない。またそのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもない。覚せい剤の輸入について税関長の許可を受けさせることの性質が前記のとおりである以上、それが憲法第三八条第一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできない。

それゆえ原判示第一の二、第二の二の各事実を関税法違反罪に問擬した原判決の判断は正当であり、この点に関する所論は理由がない。

論旨第一の二(法令適用の誤りの主張)について。

所論は、原判示第一の三の事実について、本件の覚せい剤の所持は、輸入後の時間的、場所的関係、所持の形態、目的に照らせば、原判示第一の一の輸入に吸収され、別罪を構成するものではないにもかかわらず、これを独立の所持罪とした原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるというにある。

よつて記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、本件は、被告人が畑重行、貝森良二と韓国から覚せい剤を輸入して我国内で売却することを共謀し、これに基づき昭和五一年九月二九日午前八時二〇分ころ、貝森が覚せい剤結晶性粉末約三〇〇グラムを収納したたらこ桶を携帯して原判示下関港第一八号岸壁に入港したフエリーから陸揚げして輸入し、同日午後三時ころ、原判示松本淳江方において、畑、貝森とともに、右覚せい剤を売却するため一袋約五〇グラム入りのビニール袋六袋に小分けして所持したというものである。なるほど輸入に当然伴う所持は、前者に吸収され特に別罪を構成するものではないけれども、本件において被告人らは、下関市と場所的に離れた原判示第一の三の場所で覚せい剤を売却するため六袋に小分けして所持していたもので、その態様じたいからみて輸入に当然随伴する所持とは到底認められない。それゆえこれを独立した所持罪を構成すると解するのが相当である。原判決には所論のような過誤は存しない。論旨は理由がなく採るを得ない。

論旨第二(量刑不当の主張)について。

所論は、原判決の量刑は犯情に照らし重きに失して不当であるというにある。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて所論の当否について検討するに、本件の事実関係は原判決の認定判示するとおりであつて、被告人が、一、畑重行、貝森良二と共謀のうえ、営利の目的で、覚せい剤結晶性粉末約三〇〇グラムを税関長の許可を受けないで輸入し、また営利の目的でこれを所持し、二、岡村哲之と共謀のうえ、営利の目的で、覚せい剤結晶性粉末約二九四グラムを船から陸揚げして輸入し、これを税関長の許可を受けないで輸入しようとしたが、税関職員に発見されたためその目的を遂げなかつたという事案である。被告人は営業資金に窮したため、営利の目的で、二回にわたり合計約五九四グラムの覚せい剤を韓国から我国に輸入したもので、そのうち約三〇〇グラムは密売組織を通じて末端消費者に売り捌かれており、その量は極めて多量である。また被告人は本件を企画し、資金を調達するなど犯行全体の中心的地位にあつた。このような本件各犯罪の性質、動機、態様、輸入した覚せい剤の量、被告人の果した役割、覚せい剤の人体に及ぼす悪影響などの事情を総合考察すれば、被告人の責任は重いといわなければならない。被告人が本件各犯行に至つた事情、本件によつて利得していないこと、被告人にはこれまで前科のないこと、家庭の事情などについて所論が縷々指摘する諸点を被告人のため十分有利に斟酌してみても、被告人を懲役五年(求刑懲役七年)に処した原判決の量刑はやむを得ないところであり、重きに失して不当であるとは認められない。論旨は理由がない。(なお原判決は、原判示各罪を刑法第四五条前段の併合罪としているが、原判示第一の一、二及び第二の一、二はそれぞれ一個の行為で二個の罪名に触れる場合であつて、同法第五四条第一項前段、第一〇条によりそれぞれ一罪として、原判示第一の一、二の各罪については重い原判示第一の一の罪の刑で、原判示第二の一、二の各罪については重い原判示第二の一の罪の刑でそれぞれ処断すべきものであるから、原判決にはこの点につき法令の適用を誤つた違法があるけれども、原判決は原判示各罪について同法第四七条本文、第一〇条により刑期及び犯情の最も重い原判示第一の一の罪の刑に同法第一四条の制限に従い法定の加重をした刑期の範囲内で処断しているのであつて、前記の各罪をそれぞれ一所為数法とした場合と処断刑に差異はないからその誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に該当しない。)

よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

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